大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

津地方裁判所 平成8年(行ウ)3号 判決

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告らの請求

被告は、三重県に対し、金四二九〇万円及びこれに対する平成八年三月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  請求原因

1 原告らは、三重県内の肩書地に住所を有するものである。

2 三重県が経営する三重県企業庁は、平成五年八月六日、平成五年度北工水工第一号沢地浄水場計装設備取替工事(以下「本件工事」という。)を指名競争入札の方式により発注し、被告が金一億九五〇〇万円でこれを落札した。三重県企業庁と被告は、同日、工事費用二億八五万円(消費税五八五万円を含む。)で、工事請負契約を締結した(以下「本件請負契約」という。)。

3 被告、富士電機株式会社、株式会社日立製作所、山武ハネウエル株式会社、株式会社島津製作所(以下「被告ら五社」という。)は、遅くとも平成元年一月以降、「山手会」と称する会合で、地方公共団体が指名競争入札の方法により発注する特定計装設備工事について、受注価格の低落防止を図るため、共同して、受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるように談合していた。本件工事についても、談合により、被告が落札した。

4 公正取引委員会は、平成七年八月八日、被告など四社(被告ら五社から株式会社島津製作所を除く四社-以下「被告ら四社」という。)に対し、独占禁止法違反により、課徴金納付命令を発した。被告ら四社はこの事実を認め、課徴金納付命令に従った。本件工事も、この課徴金納付命令の対象となった役務の一つである。

5 被告ら五社は、談合を行って、受注業者間の競争を排除したものであるが、仮に受注業者間に公正な競争が確保されていたとすれば、落札価格(契約金額)は、実際の価格よりも二〇パーセント以上は低くなったはずである。よって、三重県は、被告ら五社の談合によって、落札価格金一億九五〇〇万円の二〇パーセントにあたる金三九〇〇万円の実損を被った。さらに、三重県は、住民訴訟を通じて被告から損害の填補を受けた場合には、原告訴訟代理人たる弁護士に対して、報酬を支払う義務を負っている(地方自治法-以下「法」という。-二四二条の二第七項)ところ、その弁護士報酬の額は、右実損額の一〇パーセントが相当である。したがって、三重県は被告に対して、右実損額に弁護士費用三九〇万円を加算した合計四二九〇万円の損害賠償請求権を有している。

6 三重県は、右のとおり、被告ら五社に対する損害賠償請求権を行使する責任があるが、これを怠っているので、原告らは平成七年一二月二一日、三重県監査委員に対し監査請求を行った。これに対し、三重県監査委員は、平成八年二月一六日、落札価格を不当につり上げたとは認定できないなどとして、請求を棄却した。

7 よって、原告らは、法二四二条の二第一項四号後段に基づき、三重県に代位して、怠る事実の相手方である被告に対し、不法行為に基づく損害賠償金四二九〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成八年三月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本案前の抗弁に関する当事者の主張

1 被告の主張

(一) 監督請求期間の徒過

住民訴訟を提起するためには、適法な監査請求を経ている必要があるが、原告らが監査請求を行ったのは平成七年一二月二一日であり、本件請負契約が締結された平成五年八月六日から一年以上が経過している。したがって、本件監査請求は法二四二条二項の制限期間を徒過した違法な請求であって、これに基づく本件訴訟も不適法な訴えとして却下されるべきである。

(1) 法二四二条二項の適用の有無

本件監査請求は、三重県が被告に対して損害賠償請求権を行使しないことをもって法二四二条一項にいう「怠る事実」に該当すると構成するものであるが、監査請求が、当該普通地方公共団体の財務会計職員の特定の財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として法二四二条二項の規定を適用すべきである(最高裁判所昭和六二年二月二〇日第二小法廷判決参照)。

これを本件について見ると、原告らは、被告ら五社の談合により請負契約金が不当に引き上げられ、三重県は契約金額の二〇パーセントに相当する損害を被ったと主張しているところ、右損害は、被告と三重県が本件工事によって請負契約を締結することによって初めて発生するものであるから、原告らが主張する損害賠償請求権の発生原因において、財務会計行為たる本件請負契約の締結を除外して考えることはできない。

そして、地方財政法四条一項によれば、「目的を達成するための必要かつ最小の限度」を超えた支出は違法であるから、談合によって不当に金額をつり上げた入札及び請負契約は違法である。また、三重県企業庁による入札指名通知書の添付書類には、談合があった場合、その者の入札は無効とする旨記載されているから、談合に基づく入札及び請負契約は無効である。この場合における請負契約の違法、無効の判断は、客観的なものであるから、三重県の長その他担当職員が談合の事実について善意であるか悪意であるかは関係がない。したがって、被告ら五社による談合を不法行為と構成する原告らの主張は、必然的に、三重県の財務会計行為の不当、違法を問題とせざるを得ないものである。違法、無効な財務会計行為を観念しうる場所であるにもかかわらず、請求原因の法的構成を変えることによって、法二四二条二項の適用を潜脱することは許されない。

以上によれば、本件の場合には、原告らの主張する損害賠償請求権は、本件請負契約の締結という財務会計行為の違法、無効に基づき発生するものであるから、原告が主張する請求原因にかかわらず、法二四二条二項の適用を肯定すべきである。

(2) 監査請求期間の起算点

怠る事実を対象とする監査請求期間の起算点については、前記(一)のとおり、怠る事実に係る請求権の発生原因なる当該行為のあった日又は終わった日を基準とすべきであるから、本件監査請求の場合には、本件請負契約の締結日である平成五年八月六日が制限期間の起算点となる。

これに対し、原告は、最高裁判所判決平成九年一月二八日第三小法廷判決を引用して、制限期間の起算点は三重県が談合の事実を知った平成七年八月八日であると主張する。しかし、右判決は、地方公共団体が請求権を行使するにつき法律上の障害又はこれと同視しうるような客観的障害がある場合の事案についての判決であるから、単に地方自治体が請求権の発生原因事実の存在を知らなかったに過ぎない本件とは事案が異なる。地方自治体の知・不知をもって起算点とすることは、客観的であるべき監査請求期間の起算点についての基準として不適当である。

したがって、本件は、右判決とは事案を異にし、監査請求期間の起算点は、財務会計上の行為があった日と解すべきである。

(3) 「正当な理由」の不存在

法二四二条二項但書の「正当な理由」の有無は、特段の事情がない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである(最高裁判所昭和六三年四月二二日第二小法廷判決参照)。

そして、法二四二条二項は、普通地方公共団体の執行機関・職員の財務会計上の行為の法的安定性を図るべく監査請求期間を一年と定めているのであるから、その趣旨からすると、右の「相当の期間」としては、「当該行為を知ることができたと解される時」からせいぜい一か月程度と考えるのが相当である。ところで、監査請求を行う際には、監査請求の対象たる当該行為を証する書面の添付した文書をもってしなければならないとされるが、右「証する書面」は、特別な形式を要求されておらず、それが事実の証明にどの程度役立つかの吟味も不要であると解されている。また、法二四二条五項により、監査請求人は、請求後も監査委員に対して証拠の提出及び意見陳述をする機会が保証されているので、監査請求前に全ての証拠を収集しておく必要はない。よって、一か月程度で監査請求をすることが十分可能である。

これを本件について見ると、公正取引委員会が被告ら四社に対し、全国の自治体などが発注する上水道施設の計装設備工事についての入札談合があったとして課徴金納付命令を発したことは、平成七年八月九日付の朝日新聞、読売新聞、中日新聞、伊勢新聞といった三重県内で発行された新聞で報道されている。特に、中日新聞と伊勢新聞という有力地方二紙においては、右課徴金納付命令の対象に、三重県が発注した浄水場に関する計装設備工事が含まれていることが報じられている。したがって、三重県民は、右新聞報道がされた平成七年八月九日には、相当な注意力をもって調査すれば、新聞社又は公正取引委員会に対して課徴金納付命令の対象となった具体的工事名を問い合わせるなどの方法により、本件工事の請負契約締結の不当・違法について疑義を呈することができるようになったと認められる。

したがって、原告らは平成七年八月九日より一か月程度の期間中に監査請求を行うべきであった。それにもかかわらず、原告らは同日より四か月半近く経過した同年一二月二一日に本件監査請求を行っている。故に本件監査請求は「相当な期間」内に行われておらず、制限期間経過後に監査請求が行われたことにつき「正当な理由」は存しない。

(二) 違法に怠る事実の欠如

本件請求は、法二四二条の二第一項第四号後段(怠る事実の相手方に対する損害賠償請求)を根拠とするものであるが、同号にいう「怠る事実」とは、違法に財産管理を怠っていると評価されるものでなければならず、そしてそのような違法な不作為によって客観的に当該地方公共団体に損害をもたらしたことが明らかなものでなければならない。したがって、当該地方公共団体の機関又は職員に当該財産管理について裁量が認められており、当該不作為がその裁量権の範囲内である場合には、当該不作為の事実は違法性を有するとはいえず、法二四二条の二第一項四号後段には該当しない。そして、同条に規定される「違法に財産管理を怠る事実」の存在は、住民訴訟を提起するにあたっての訴訟要件であるから、その存在が認められない場合には、訴えは却下されるべきである。

これを本件について見ると、原告らは、被告ら五社が談合によって落札価格を不当に引き上げたとして損害賠償を請求しているが、本件工事の入札に参加していたのは被告ら四社のみではなく、ほかにも株式会社東芝外三社(以下「東芝外三社」という。)が参加していた。したがって、被告ら五社のみで本件工事の受注予定者や受注価格を決めることは理論的に不可能であり、原告ら主張の談合と損害の間に因果関係がないことは明らかである。以上によれば、原告らが主張する請求原因事実では、三重県の被告に対する損害賠償請求権は発生しないから、三重県が損害賠償請求権を行使しないことに違法性はない。

また、仮に原告らが主張する請求原因を前提としても、入札談合によって、三重県に発生した損害額を確定することは極めて困難である。損害額を算定するためには、理論的には、談合無かりせばこれによっていたであろう価格が前提となるものと思われるが、現実の価格は、需要と供給の原則を基礎とし、さらに様々な諸事情が加わって最終的に決定されるものであるから、現実にこのような価格を確定することは不可能である。また、本件の契約金額は、三重県が適正価格として定めた予定価格を下回っているのであるから、三重県としては、その額をもって契約額としたことは正当な措置であって、原告ら主張の損害賠償請求など考えられないことである。したがって、このような事情のもとでは、三重県が損害賠償請求権を行使しないことも裁量権の範囲内ということができ、その不行使に違法性はない。

2 原告らの主張

(一) 監査請求期間の徒過について

原告らが行った本件監査請求に制限期間を徒過した違法はなく、本件訴訟は適法な監査請求を経た適法な訴えである。

(1) 法二四二条二項の適用の有無

本件監査請求は「怠る事実」を対象とする請求であるところ、「怠る事実」を対象とする監査請求については、一般的に、法二四二条二項の適用はないと解されている(最高裁判所昭和五三年六月二三日第三小法廷判決参照)。したがって、本件監査請求に、法二四二条二項は適用されない。

これに対して、被告は、財務会計行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって怠る事実と構成する監査請求については、法二四二条二項の適用を認めるべきであると主張する。しかし、原告らが、本件において、損害賠償請求権の請求原因として主張している不法行為は、入札に先立って行われた談合行為そのものであって、財務会計行為たる本件請負契約の締結ではない。談合入札という不法行為に基づく損害賠償請求権と、違法な請負契約に基づく損害賠償請求権とでは訴訟物が異なるのであり、本件監査請求は、請負契約の違法、無効を前提とするものではない。

また、本件においては、三重県に違法、無効な財務会計行為は存在しないから、原告らは、財務会計行為が違法、無効であることに基づいて発生する損害賠償請求権を行使することはできない。すなわち、本件請負契約は談合に基づくものであるが、談合に基づく契約も、私法上は有効である。地方公共団体の契約は、法や条例等など一連の会計法令によって規制がなされているが、これらの規定は訓令的性質を有する手続的規定であるから、入札手続に瑕疵があっても契約が無効とされるわけではない。よって、原告らは被告に対して、請負契約の無効を原因として損害賠償を請求することはできない。また、住民訴訟は、長又は職員の違法な財務会計上の行為を是正するための制度であるから、ある財務会計行為が違法と評価されるためには、長又は職員に責任原因があることが必要であるが、本件における三重県の会計職員は、被告ら五社に騙されて本件請負契約を締結したに過ぎないから、請負契約締結を違法な財務会計行為と評価することもできない。よって、原告らは被告に対して、請負契約締結の違法を原因として損害賠償請求をすることもできない。以上によれば、原告らは、談合という不法行為に基づいて損害賠償を請求するほかないのであって、本件監査請求は、財務会計行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって怠る事実とするものではない。

加えて、法二四二条二項が監査請求期間を定めた趣旨は、行政行為の法的安定性を確保する点にあるが、原告らは、請負契約が違法、無効であると主張しているわけではなく、談合という不法行為に基づいて損害賠償請求をしているだけであるから、行政行為たる請負契約締結の効力が司法審査の上で問題になることはなく、その法的安定性が害されることもない。

したがって、本件請求は、財務会計行為たる請負契約締結の違法、無効を前提とするものではないから、本件に法二四二条二項の適用はないというべきである。

(2) 監査請求期間の起算点

仮に、本件に法二四二条二項の期間制限の適用があるとしても、当該財務会計上の行為がされた時点において、地方自治体が右請求権を行使できない場合には、右請求権を行使できることになった日から監査請求期間が起算されると解すべきである(最高裁判所平成九年一月二八日第三小法廷判決参照)。これを本件について見ると、三重県が談合のことを知ったのは、課徴金納付命令が公表された平成七年八月八日であり、それ以前に三重県が被告に対して権利行使をすることは不可能であったのであるから、本件監査請求の制限期間は、本件請負契約の締結日たる平成五年八月六日からではなく、平成七年八月八日から起算されると考えるべきである。三重県が権利行使できない間に、住民が地方公共団体の非をとがめて監査請求・住民訴訟をする余地はないのであり、それなのに住民の監査請求期間だけが過ぎて消滅してしまうということは考えられない。

以上によれば、本件における監査請求期間は、平成七年八月八日から起算されるべきであるから、本件監査請求は法二四二条二項本文の制限期間内の適法な請求である。

(3) 「正当な理由」の存在

仮に本件監査請求に法二四二条二項の適用があり、かつ、本件請負契約の締結時から監査請求期間が起算されるとしても、原告らには、一年を経過したことにつき「正当な理由」があるので、本件監査請求は適法である。

すなわち、被告ら五社に対し、独占禁止法違反で課徴金納付命令がなされたことが公表されたのは平成七年八月八日である。しかし、これらの報道では、具体的に三重県企業庁が発注した電気設備工事において談合があったなどとの報道はなされておらず、まして本件工事について談合があったなどという報道がなされたこともない。したがって、いくら注意深い県民でも本件工事について談合があったなどということは知り得なかった。原告らは、平成七年一〇月初め頃、横浜市の大川隆司弁護士から本件談合の事実を知らされ、同月八日情報公開請求し、同月二六日公開を受け、一二月二一日に本件監査請求を行ったものである。

そして、住民は当該行為を知り得た日から「相当な期間」内に監査請求をしなければならないと解されているが、右にいう「相当な期間」とは、事案の特質や困難性に照らして個別に判断されるべきものである。本件の場合、これまで、談合が発覚した場合に損害賠償請求をした事例はほとんどなく、最も先進的な活動をしている全国の市民オンブズマンが、どこの公共団体のどの工事について課徴金納付命令がなされたか調査し、住民訴訟になった場合に勝訴が可能か検討し、苦労して資料を収集して初めて、本件監査請求にたどりついたものである。課徴金納付命令がなされたからといって損害賠償ができるとは限らず、住民訴訟で勝てる可能性を検討して初めて監査請求もできるのである(杜撰でも請求すればよいのではなく、棄却されたら一か月以内に住民訴訟を提起しなければならない。したがって、以上の諸事情を考慮すると、談合に関する監査請求の場合には、「相当な期間」としては最低六か月が必要である。

以上によれば、原告らは、本件談合について知ってから、六か月以内に監査請求を行ったものであるから、財務会計行為の日から一年を経過してから監査請求をしたことにつき、法二四二条二項但書にいう「正当な理由」があるというべきである。

(二) 違法に怠る事実の欠如について

地方公共団体の長は、不法行為に基づく損害賠償請求権をはじめとする債権については、これを行使する義務を負うのであって、行使するか否かの裁量権を有するものではない。このことは、法九六条一項に、債権の放棄について議会の議決を要するとされ、法施行令一七一条以下に猶予や免除の要件が規定されている等、財産の管理が厳重な制約に服していることからも明らかである。したがって、住民が法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、地方公共団体に代位して不法行為に基づく損害賠償請求権を行使した裁判においては、裁判所は損害賠償請求権の有無及びその金額について認定判断しなければならないのであり、右認定判断の結果、地方公共団体に損害賠償請求権が認められる場合には、当該地方公共団体の長には行使不行使の裁量はなく、その不行使は財産の管理を怠る事実を構成する。

なお、本件入札には、被告ら四社のほかに東芝外三社が参加していたが、東芝外三社は、日本下水道事業団が発注する平成四年度及び平成五年度に係る電気設備工事に関し、被告ら四社に含まれる株式会社日立製作所や富士電機株式会社とともに談合を行い、公正取引委員会から課徴金納付命令を受けている。したがって、本件談合でも東芝外三社が加わっていたことは明らかであり、談合と損害の発生の間に因果関係が認められることも明白である。

第三  本案前の抗弁に対する当裁判所の判断

一  原告らがなした本件監査請求の適法性

《証拠略》によれば、三重県企業庁と被告は平成五年八月六日に代金二億八五万円で本件請負契約を締結したこと、原告らは平成七年一二月二一日に三重県が被告に対して損害賠償請求権の行使を怠っているとして監査請求を行ったことが認められる。そして、被告は、本件監査請求は、本件請負契約が締結された日から一年以上が経過した後になされた請求であるから、法二四二条二項に違反する違法な監査請求であり、これを前提とする本件訴えも違法であると主張する。そこで、以下、原告らがなした本件監査請求の適法性について検討する。

1 本件監査請求に法二四二条二項の期間制度の適用があるか。

(一) 本件監査請求は、三重県が被告に対して損害賠償請求権を行使しないことをもって、法二四二条一項にいう「怠る事実」に該当すると主張するものである。

(二) そこで、本件監査請求に法二四二条二項の適用があるか否かについて検討するに、「怠る事実」は、それが継続している限り違法ないし不当な財務会計状態が現に存在しているのであるから、その是正請求に期間制限をする合理的理由は必ずしもなく、原則として、「怠る事実」に係る監査請求については同条二項の期間制限の適用はないと解される(最高裁判所昭和五三年六月二三日第三小法廷判決・判例時報八九七号五四頁参照)。

しかしながら、「怠る事実」の是正を求める監査請求であっても、当該監査請求が、当該地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づき発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産管理を怠る事実としているものであるとき(以下「不真正怠る事実」という。)は、当該行為のあった日又は終わった日を基準として、同条二項の規定を適用すべきと解するのが相当である(最高裁判所昭和六二年二月二〇日第二小法廷判決・民集四一巻一号一二二頁参照)。なぜならば、当該財務会計行為を違法、無効としてその是正措置を請求する監査請求については法二四二条二項の期間制限が適用されるのに、これを怠る事実として構成して監査請求をした場合に同項が適用されないのでは、同項が監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるといわざるをえないからである。

(三) 以上を前提に、本件監査請求について考えると、原告らは、被告ら五社の談合により本件工事の契約金額が不当につり上げられたと主張し、被告に対し、契約金額の二〇パーセントに相当する損害金の支払を求めている。しかし、談合自体は、地方公共団体とは無関係に業者間で行われるものであるから、談合が行われたのみでは、契約金額の不当なつり上げという損害は発生せず、地方公共団体が談合業者に対して損害賠償請求権を取得することはない。契約金額の不当なつり上げという損害が発生するためには、業者間の談合に基づき不正な入札価格が形成され、その価格で落札した業者が入札に係る工事について請負契約を締結し、地方公共団体に請負代金の支払義務が発生することが必要である。すなわち、原告らが主張する損害賠償請求権は、地方公共団体と落札業者が請負契約を締結して初めて発生しうるものであるというべきである。

そして、地方公共団体と落札業者の請負契約締結は、地方公共団体の財務会計行為であるが、談合によって不当に高い落札価格が形成されたという原告らの主張を前提とすれば、談合に基づく入札は違法であり、違法な入札を前提とする請負契約も違法であるといわざるをえない。

以上によれば、本件における原告らの監査請求は、請負契約締結という財務会計上の行為が違法であることに基づき発生する損害賠償請求権の不行使をもって怠る事実とする監査請求であるから、法二四二条二項の期間制限に服するというべきである。

(四) これに対し、原告らは、三重県の長又は職員は被告ら五社に騙されて本件請負契約を締結したにすぎず、何ら違法な責任原因はないから、本件請負契約の締結が違法な財務会計行為であるとはいえないと主張する。しかし、地方財政の健全化を図ることを目的とする法二四二条の趣旨に照らせば、同条一項にいう財務会計行為の「適法」とは、客観的な違法をいうと解すべきであって、違法性の判断にあたって、地方公共団体の当該職員の故意・過失等主観的事情を考慮すべきではない。したがって、原告らの請求原因を前提とする限り、三重県の当該職員の故意過失を問うまでもなく、本件請負契約の締結は客観的に違法と解するのが相当であって、原告らの右主張は採用することができない。また、原告らは、談合に基づく請負契約も有効であるから、三重県に無効な財務会計行為はないと主張するが、本件請負契約の締結が違法であれば、三重県の被告に対する損害賠償請求権は発生するのであり、住民は請負契約締結の違法・不当を問責して監査請求をすることができるのであるから、この場合にも法二四二条二項は適用されると解すべきであって、請負契約が無効であるか否かは同項の適用を左右すべき根拠とはならない。

また、原告らは、被告ら五社による談合入札自体を不法行為として損害賠償を請求しているのであって、請負契約締結の違法、無効は何ら問題としていないのであるから、本件監査請求は、法二四二条二項の期間制限に服さないと主張する。しかし、当該監査請求が「不真正怠る事実」を対象とするものであるか否かは、当事者の法律構成にとらわれず、客観的にみて、当該監査請求が財務会計行為の違法無効を前提としているものか否かによって判断されるべきところ、原告らが主張する契約金額のつり上げという損害は、前記のとおり、被告ら五社が談合しただけでは発生せず、談合に基づいて被告と三重県が本件請負契約を締結して初めて具体化するものである。すなわち、原告らの主張する損害賠償請求権が成立するには、被告と三重県との間で、不当に高い工事代金で請負契約が締結されることが論理的前提であるから、本件監査請求は、客観的には、「不真正怠る事実」を対象とする監査請求であると解すべきである。よって、原告らの右主張も採用することができない。

(五) したがって、本件監査請求については、法二四二条二項の期間制限の適用があると解するのが相当である。

2 監査請求期間の起算点

(一) 次に、法二四二条二項の制限期間をどの時点から起算するのかについて検討するに、「不真正怠る事実」を対象とする監査請求については、前記(1)(二)で述べたとおり、当該財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準として法二四二条二項の規定を適用すべきであるから、本件においては、本件請負契約が締結された平成五年八月六日から監査請求期間を起算するのが相当である。

(二) これに対し、原告らは、最高裁判所平成九年一月二八日第三小法廷判決(民集五一巻一号二八七頁)を引用して、三重県が本件談合のことを知ったのは課徴金納付命令が公表された平成七年八月八日であり、それ以前は三重県自身も損害賠償請求権を行使することができなかったのであるから、監査請求期間は右公表の日から起算されるべきであると主張する。

しかし、右判決は、茅ヶ崎市が国鉄から転売禁止特約付きで買い受けた土地を転売したところ、国鉄精算事業団から特約違反を根拠に右土地の売買契約を解除された上、解除により発生すると定められた違約金の支払を求める訴訟を提起されたため、市は特約の有効性を争って違約金債務の負担を否定したが、結局、裁判上の和解に基づき違約金の一部に相当するとみられる和解金を支払ったという事案を前提として、右転売行為をした市長個人に対する損害賠償請求権の不行使をもって怠る事実とした監査請求については、右和解の日を基準として法二四二条二項の制限期間が起算されると判示したものである。すなわち、右判決は、土地転売契約の時点では、解除を停止条件とする違約金支払業務(市の損害)は未だ発生しておらず、解除された後も、市が違約金債務の負担を公的に否定し続けていたために他方で市長に対して損害賠償請求をすることはできない立場にあったという事実関係を前提とするものであって、本件のように、請負契約締結の時点で既に三重県には損害が発生しているが、三重県の財務担当者が談合の存在を知らなかったために事実上請求権が行使できなかったに過ぎないという場合とは明らかに事案を異にする。したがって、右判決を根拠とする原告らの主張は、採用することができないというべきである。

なお、原告らは、三重県が権利行使できない間に、住民の監査請求期間だけが過ぎて消滅してしまうということは考えられないと主張するが、法二四二条二項但書に定める「正当な理由」があると認められる場合には、住民は一年が経過してからでも監査請求をなしうるのであるから、右のように解しても、住民の権利行使の機会を不当に制限するものではない。よって、原告らの右主張も採用することができない。

(三) 以上のとおりであるから、原告らの主張は採用することができず、本件監査請求の制限期間は平成五年八月六日から起算されると解すべきである。

3 法二四二条二項但書の「正当な理由」の有無

(一) 前記1及び2によれば、本件監査請求は、法二四二条二項本文に規定する一年の監査請求期間を経過した後に行われたことが認められるが、原告らは、制限期間を徒過したことにつき、同項但書に定める「正当な理由」があるから、本件監査請求は適法であると主張する。

(二) そこで、本件監査請求について、法二四二条二項但書に定める「正当な理由」があるか否かについて検討するに、当該行為が秘密裡にされた場合、「正当な理由」の有無は、特段の事情がない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為が知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものと考えられる(最高裁判所昭和六三年四月二二日第二小法廷判決・判例時報一二八〇号六三頁参照)。

(三)(1) これを本件について考えるに、本件証拠資料を精査しても、本件請負契約の締結そのものが秘密裡に行われたことを認めるに足りる証拠はない。しかし、原告らの主張によれば、本件請負契約は被告ら五社の談合に基づいて締結されたというのであるから、右主張を前提とすれば、本件請負契約の締結については、その違法性・不当性を判断するうえで極めて重要な前提事実がことさらに隠蔽されていたということになる。そして、当該行為にこのような事情が認められる場合には、「正当な理由」の有無の判断においては、当該行為が秘密裡にされた場合と同様に取り扱うのが相当である。

(2) そこで次に、三重県の住民が、どの時点で、本件請負契約締結の不当・違法に疑義を呈することができるようになったかについて検討する。

<1> 本件談合に関する報道の経過は以下のとおりであると認められる。

平成七年八月八日、公正取引委員会は、被告ら四社に対して、全国の自治体などが発注する上水道施設の計装設備工事について入札談合を行ったとして、課徴金納付命令を発した。公正取引委員会は、同日、右課徴金納付命令の事実を報道機関に発表するとともに、同日以降、課徴金納付命令の対象となった具体的な工事名(本件工事を含む。)を記した一覧表を、一般からの要望に応じて広く配布した。平成七年八月九日、朝日新聞、読売新聞、中日新聞、伊勢新聞は、朝刊において、被告ら四社が課徴金納付命令を受けた旨の報道を行った。そのうち、中日新聞及び伊勢新聞の報道では、談合の対象となった工事のなかに、三重県が発注した上水道施設の計装設備工事が含まれていることが報じられていた。なお、中日新聞及び伊勢新聞は、三重県における有力な地方紙であり、三重県下の多くの家庭で購読されている(公知の事実)。

<2> 以上の報道の経過に照らせば、三重県の住民は、平成七年八月九日付の中日新聞及び伊勢新聞の報道により、三重県が発注した計装設備工事の談合に関して課徴金納付命令があったことを知り、その後、新聞社や公正取引委員会に対して問い合わせるなどの方法により、右命令の対象工事が本件工事であることを具体的に知りえたことが認められる。したがって、三重県の住民が相当な注意力をもって調査すれば、平成七年八月九日には、本件請負契約の不当・違法について疑義を呈することができるようになったというべきである。

(3) そこでさらに、原告らが、平成七年八月九日から相当期間内に本件監査請求をしたと評価できるか否かについて検討する。

住民が監査請求をなすためには、対象となる財務会計上の行為を特定する必要があるが、本件においては、前記のとおり、新聞社や公正取引委員会に問い合わせをすることにより、課徴金納付命令の対象となった三重県発注の工事が本件工事であることは容易に知りえたはずであるから、財務会計上の行為の特定に時間を要するとは考えられない。また、監査請求にあたっては、違法な財務会計上の行為を「証する書面」を添付する必要があるが(法二四二条一項)、同項の趣旨は、事実に基づかない単なる憶測や主観だけで監査を求めることの弊害を防止するとともに、監査請求書と相俟って監査委員の監査の指針となるべき資料を提供させることを目的とするものであるから、「証する書面」につき特別な形式は要求されておらず、それが事実の証明にどの程度役立つかの吟味も不要である。したがって、本件においては、平成七年八月九日付の中日新聞又は伊勢新聞若しくは公正取引委員会が作成した対象役務リストを添付すれば十分であったのであり、「証する書面」の入手に時間を要するとも考えられない。そして、監査請求人は、監査委員が監査を行うにあたって、証拠の提出及び陳述の機会を与えられることになっているから(法二四二条五項)、監査請求の時点で全ての証拠資料を揃えなければならないわけでもない。

以上によれば、住民が調査請求をなすべき相当期間としては、長くても三か月を超えることはないというべきであって、平成七年八月九日から四か月以上経過した平成七年一二月二一日になされた本件監査請求は、相当な期間内になされた請求とは認めがたい。

(四) これに対し、原告らは、談合に基づく損害賠償請求という事案の複雑性・困難性に照らせば、監査請求の準備を行い、住民訴訟が提起できるか否かの判断をするためには、少なくとも六か月の期間が必要であると主張する。しかし、本件の事案の特質を考慮するとしても、監査請求を行うための準備としては、右の程度で足りるのであるから、原告らが主張のような期間が必要であるとは考えられない。また、監査請求棄却後の訴え提起を考慮する必要があるとしても、住民は監査請求後訴え提起までの間に、さらに事実調査を行い証拠資料を収集することができるのであるから、監査請求を行う段階で、住民訴訟を提起・追行するに足りる程度の準備を整えておく必要があるとは考えられない。したがって、本件事案の特質等を勘案したとしても、監査請求に六か月もの期間が必要とは認められず、原告の右主張は採用することができない。

(五) 以上によれば、法二四二条二項本文の制限期間を徒過して本件監査請求がなされたことについて、同項但書の「正当な理由」があると認めることはできない。

二  よって、原告らの本件訴えは、適法な監査請求を経ない訴えであり、その余の点を判断するまでもなく不適法であるから、却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山川悦男 裁判官 新堀亮一 裁判官 渡辺千恵子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例